東京高等裁判所 昭和26年(う)1421号 判決
F、W両弁護人共同の控訴趣意書第一点の三及びW、M、F各弁護人共同の控訴趣意第五点について。
原判決は、第一の事実として、「敍上の如く十二月二十五日工場側より工場閉鎖並工場立入禁止の通告を受けて居たに拘らず争議遂行の目的を以て、(1)被告人加藤源次同江部寿は組合員等と共に右十二月二十五日頃不法に同工場内に侵入し、(2)被告人笹川喜代太郎は翌二十五年一月十八、九日頃同工場内に不法に侵入し、被告人須藤三男は同年三月二十一日頃同工場内に不法に侵入し」たという事実を認定判示し、これらの所為に刑法第百三十条を適用しているのである。そこで、原判決の「同工場」というのがはたして何を意味するのかがまず問題となるわけであるが、後にも触れるように、それは恐らく各個の工場建物及び事務所建物等を含めた当時の東京芝浦電気株式会社加茂工場の区画された敷地全体を指しているものであろうと解される。ところが、もしそのように解して、原判決の判示するところが被告人四名が右敷地内に立ち入つたというだけの趣旨であるとしてみると、これを工場内に「侵入」したものであると判示した原判決の認定には誤があるといわざるをえない。なんとなれば、いうまでもなく住居侵入罪における「侵入」とは、住居者又は建造物等を看守する者の意に反して立ち入ることを意味するのであるのに、当審における証人山口辰雄の供述によると、昭和二十三年十二月二十四日に工場長である同人名義で工場閉鎖の通告をした趣旨は右の敷地内にある個々の工場建物内に入ることを禁ずるという意味であつたことが明らかであつて(このことは当裁判所の検証の結果によつて明白となつたように、右工場敷地が当時その外部との間に厳格な障壁を設けているわけでもなくきわめて開放的な状態にあつて、その立入を禁ずるといつても到底その実効を期することができなかつたものと認められること、及び当時被告人等の属する労働組合の事務所が右敷地内の工場事務所のあつた建物内に設けられていたこと、並びに同月二十五日工場閉鎖の通告に続いて山口工場長より同工場警備係長永井要次に宛てて「本日正午を期し工場閉鎖を為したるを以て閉鎖後は巡視の上施錠を完了し鍵を加茂駅前小林屋旅館に遅滞なく届けられたし」との命令がなされていて、この文面からいつてもその閉鎖の対象が各個の工場建物であると認められること等からも窺われるのである。)被告人らが前記工場敷地内に立ち入つたというだけでは未だ建造物看守者の意に反したことにならず、従つてそれはまだ「侵入」とはいえないからである。また、かりに原判決の判示が被告人らの各工場建物への立ち入りを意味するものと解するならば、原判決の挙示する証拠では到底かかる事実までは認めることができないのみならず、一件記録全体のどこにもこれを認めしむるに是る証拠は存在しないのである。それゆえ、原判決が被告人らの住居侵入行為を認定したのは畢竟事実の誤認であるといわざるをえず、この誤認が判決に影響を及ぼすことはもちろんであるから、論旨は結局理由がある。
次に、職権でなお調査するのに、原判決は「本件公訴事実中被告人加藤源次同江部寿同笹川喜代太郎同須藤三男が他の多数組合員と共謀の上昭和二十五年三月二十一日頃及同月二十四日頃の二回に亘り加茂工場に於て会社所有の配線器具照明器具等価格合計二百六万八千六百六円五十七銭相当のものを全日本金属新潟県支部に売却搬出して窃取したものであるとの点は犯罪の証明がないけれども同窃盗罪は判示各建造物侵入罪と牽連関係にあるので特に主文に於て無罪の言渡をなさない」としている。しかしながらこの場合建造物侵入罪と窃盗罪とが牽連関係にあるかどうか、いいかえればこの両者を合して一個の事件として取り扱うべきか、それともこれをそれぞれ別個の事件として取り扱うべきかは手続面の問題であつて、裁判所がその独自の判断において決定すべきものではなく、もつぱら検察官の起訴によつて定まるものと解すべきところ、本件においては原審第二回公判期日において弁護人からの「本件は併合罪として起訴したのか牽連犯として起訴したのか」との問に対し、検察官は、「本件は併合罪で起訴したのである」と釈明しているのであつて、これによれば、検察官はこれを数個の事件として起訴したものであることが明らかである。そうであるとすれば、裁判所がもしその一部につき犯罪の証明なしとするならばすべからくその点につき無罪の言渡をすべきであつたのにかかわらず、前記のようにこれを理由中に判示するに止まり主文でその言渡をしなかつたのは、審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた違法があるものといわなければならない。従つて原判決はこの点においてもまた破棄を免れない。